紫外線対策・日除けを歴史的・民族的に徒然に…

このサイトではノンケミカルな日焼け止めやナチュラル・自然派な日焼け止めについて書いています。

最近では図書館でボロボロの学術系な紫外線の本を借り、結局言葉遣いが古語すぎて旧漢字が多すぎて読めぬまま返却したり…。

すでに日焼け止めだけで100記事近く書いている身、色々と思うわけです。

肌老化の8割が紫外線だと言われている昨今。
1人の現代女性として、きれいな肌を保ちたいと、こうして日焼け止めについて調べるも、肌断食や化粧品不要論にも出会って試したりもするわけです。

宇津木式だと15分以上とか、日焼け止めのない時代のおばあちゃんでも美肌な人がいることもあるし…。ただ、そういった方はお嬢様育ちで昔からあまり紫外線にあたる時間が短かったのかも知れませんが。

でも、少しでも美肌でいたいと思うのが女ゴコロ。

…ということで!
(前置き関係ないですが)

最近では、ポルクやホワイトヴェール、インナーパラソルや等の飲む日焼け止めまで登場しているのですが、日焼け止めサプリは別カテゴリで書いていきたいのですが、

今日は日焼け止めの歴史や社会的意義?についてです(あ、別に専門家でもないですが…)

日除けの歴史

古く何十万年も昔は、日差しの強い日には樹木の下や洞窟の中がで日除けをして涼を得ていたのは十二分に考えられること。

古代エジプトや古い中国の絵には、王様の頭上に日傘のようなものを家来?と思しき人がさしている歴史的なものもあったり。

アフリカのアーポレ族の女性は頭部と黒い布で覆い、子どもは日除けのためにひょうたんのヘルメットと泥を使うのだとか。

アフリカの他の民族でも泥や赤土、石灰を体に塗る文化が見られるのは、砂漠地帯で強い日差しから避ける意味合いもあってもいいはず。

有名なところでは、イスラム女性の黒い布で顔を負うヒジャブとかヒマール、ニカブと呼ばれるものですよね。
(海外では、ヒジャブってFoever21とかでも売ってるようです)

もっとスゴイのが、アフガニスタンのブルカ。
目の部分も覆われていて、編み編みのメッシュ状態から外が見れるという。(個人的に、おしゃれしない真夏日の15分以上の外出や俥での移動は、日焼け止め塗らずにコレとサングラスで移動したい。が、人目が気になってできない)

宗教的な意味合いもプラス(詳しくないですが)、やっぱり日差しが強い地域なのでそういった実用性もあるとは思うのです。日差し弱い北欧等ではこういう文化は発達せずに、逆に日照時間が短いと積極的に日光浴する文化が生まれたり。

日本の平安時代の貴族等で顔を覆うような帽子や俥もあったと思うのですが、「奥ゆかしさ」「上品」といった意味合い以外に、直射日光が当たらず春夏の涼を取る快適さもあったはず。

そこまで大げさに広げず・遡らずとも、ビーチパラソルや夏の帽子を考えると分かりやすいはず。
ただ、太陽光線の中で紫外線てちょっと少なめ。(可視光線52%、赤外線42%、紫外線5−6%…。そもそも、紫外線が発見されたのは1801年、ドイツの物理学者ヨハン・ヴィルヘルム・リッターさんが発見されたのです。ちなみに、赤外線の発見は1800年。…って歴史の授業か!

色々と調べた結果、肌老化の8割が紫外線だと言われるようになったのは、2012年にThe New England Journal of Medecineで発表された論文からぽいです。(あの衝撃的なトラックの運転手28年の右左で全然違う写真の研究)

…って、コレ、美肌のために紫外線対策というよりはもっと広義な(涼のため・健康のための)日除けみたいな記事になってしまった…。

アリ―やアネッサは毎年更新され、シルクコーティングされた紫外線錯乱剤やノンケミカルなUVクリームだけではんく、飲む日焼け止めサプリも登場していますが、今もむかしも女性の美への想いそのものは同じなのかもしれません(強引すぎるまとめ方…)。